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なぜ一人旅なの?

これが一番多い質問です。簡単に言うと自由で気楽だからなんですが、ぼくは海外旅行は一人旅に限ると思ってます。しかも言葉が通じない国がよいと思っています。
  社会有機体という考え方があります。社会を構成している人や組織は個人の肉体存在を超えて大きな有機体として存在するという考え方です。ごくごく簡単に言うと。
  ここに私という存在があります。まず第一段階として空間を占める肉体的な存在があります。次に第二段階として精神世界を含めた存在があります。そしてそれから社会的な関係を含めた存在になります。高度に発達した文明機器を使用し、情報を利用していると自分の実力以上の能力を簡単に持ててしまう。自分という存在が観念的に肥大化していき、そして関係性のネットワークがますます大きく複雑になると自分と他者との境界さえも曖昧になってしまう本来の自分の大きさ、能力がわからなくなっている。コンピュータを使って地球の裏側にまで瞬時に情報をやりとりできたりする。しかし、私個人は半導体のひとつでも作れはしないのです。人間個人の能力は古代とそう変わってはいないはずです。ときどきは自分という存在の本来の大きさ、等身大に戻って確認してみることも必要ではないかと思うそれには旅行が最も適している。日常の関係やしがらみを置いて『わたくし』のみ脱出してみるのである。しかし、日本を旅行すると同じ民族、同じ言葉を使うということで、『わたくし』の切り取りが完全にはできない。言葉も民族、風習も違う国に旅行するのがいいのです。違ったものに囲まれて初めて自と他の境界、自分という存在の輪郭線がはっきりするのだそれでも家族友人知人と一緒では意味がない。日常を引きずっていくことになる。だからひとり旅をしなければならないのです。


なぜアジアなの?

さあ、なんででしょう?これは自分でもよくわからないです。最初の旅行からそういう志向はありました。アメリカやハワイ、グアム、オーストラリアといったところには行きたいと思わないです。同じアジア人の血が騒ぐんでしょうか。これは説明できないですねえ。


途上国といなかの魅力

アジアの国というとたいていは途上国ということになります。こういう国には生きることで精一杯の人たちが大勢います。街やバザールなどには生の人間の活気に満ち溢れています。ぼくはバザールに行くと興奮してしまう。うれしくてうれしくてたまらないのです。
 そしてその途上国でも都市部と地方では人間性がまた違うのです。都市部の人は途上国であっても都会の人なのです。途上国のいなかの人は人間の本来の素朴さをもっている。なによりも子供たちが本当に子供らしい。シャイであり、かつ好奇心にあふれすぐ仲良くなってくれる。子供たちと友達になれればその旅行はまず成功するとみて間違いがない。


英語しゃべれるの?

しゃべれません。というよりも客観的に判断すると中学卒業程度の実力プラスアルファといったところでしょう。プラスアルファとは英語的言いまわしを少し知っているのと場慣れしているということですか。でもはっきり言えば完璧にしゃべれる必要などないと思っています。まあ、ぼくが主に行くところはアジアなので英語を母国語にしている国ではない。とすると英語は伝達の手段でしかない。お互いにしゃべれないのだから完璧である必要はない。目的は意思の伝達であり、完璧な英語をしゃべることでもなければ言葉が通じるだけでもない。言葉が通じたら意思も通じたと思うのは幻想にすぎない。言葉は通じても気持ちの通じないことって日常でいやになるほどありますよね。だいいちアジア人どうしが英語で会話するのって悲しいじゃないですか。それにシチュエーションでこいつ何を言いたいんだってだいたいわかるし、なにより同じ言葉を使うことによって持っている文化的民族的共同幻想や思いこみを排除できる。そして人間対人間のコミニケーションを楽しむことができるのです。相手の気持ちを一生懸命に考えることができる。そんなことって普通暮らしていてないよね。ただし、その国の言葉で基本的な挨拶と『ありがとう』は覚えて行きます。これで十分です。語学力より人間力です。


観光から交流へ

風光明媚な景色を見て歩く観光旅行のためにわざわざ海外にまで行くことはないんじゃないかという気持ちになってきました。国内にはまだまだ観光するところはたくさんあるからわざわざ不便な海外観光なんて行く必要ないと思うんです。ただ景色を見て帰ったら思い出なんてすぐ消えてしまうんじゃないか、写真以上のものはないんじゃないかという気がします。
  ぼくは海外旅行に行って何が一番の思い出かというと現地の人との出会いであり交流なのです。世界の遠くの国に自分のことを知っていてくれる人がいるということは本当に幸せなことです。その国でたった一人でも友達を作れるような旅行をしたいと思っています。


移動から滞在へ

観光から交流へと旅の目的が変わると旅の方法も変わってきました。観光であれば見所を効率よくさっさと移動していくのがいいのですが、それでは現地の人たちとの交流はできません。ひとつの町で最低でも5日から1週間滞在しないと観光客のままおわってしまう、その町にいったん飽きてきたころから観光客から抜けられるのです。宿も基本的に変えない、お気に入りの店ができたら毎日通う、こちらから気軽に笑顔で挨拶をする、子供と友達になる。そうしていれば受け入れてもらえるようになります。そのころにはお互いに自分の国の言葉を話しても意思が通じるまでになってくるでしょう。


食は文化なり  ゲテモノなんてない

海外旅行で楽しみなのはその土地土地の食べ物を食べることです。珍しい料理もあるし、おいしい料理もあるけれど、食べ物はその土地の気候や歴史を反映している。千や万の言葉よりも雄弁に語ってくれる。たいてい庶民の食生活は質素なものですが、普段食べているものは安くても栄養のバランスがとれた伝統料理なのです。素朴ですが飽きのこない毎日でも食べられる食事なのです。ネパールのダルバートしかり。人間の知恵には本当に感心します。日本食も本来質素でもバランスのいい食生活だったのですが現在廃れてきていますね。もう一度見直してみてはどうでしょうか。
  文化と食習慣の違う国に行くと自分の食べ物のリストに入ってないような食べ物があることがあります。しかし、それをゲテモノと言ってしまうことは間違いです。たいへん失礼なことであるし、文化ということを理解できない野蛮人であると思います。それを食べるようになった歴史と文化がその国にあるのです。自分たちが食べているものをよその国の人がゲテモノだと言ったらどんな気がしますか?腹が立つでしょう。日本国内でさえ馬刺しをゲテモノと言っている人が現に僕の知人にいます。熊本の人が聞いたらどう思うでしょうか。牛と豚と鶏しか肉を食べられないというのも不思議な話ではないですか。人間は他の生き物を殺して食べることでしか生きていくことができない存在なのです。植物だっておなじです。食べるということの本質をしっかりと見極めその土地土地の文化や歴史をしっかりと楽しんでいきたいと思っています。できればその土地の人のお宅に招いていただいて家庭料理をご馳走になれる機会があったら本当に幸せだと思います。


目線をどこに置くか

現地の人と交流をしようと思ったら目線を同じ所に置かないといけません。高級ホテルに泊まって観光地とホテルをバスで往復していたのでは一生かかっても友達にはなれません。できるだけその土地の人と近いところに宿をとり、同じものを食べることが必要です。先進国や途上国といった目線で見ることは絶対にしてはならない。あんたが偉いから先進国に生まれてきたのか?


一部のバックパッカーに対する違和

ぼくの旅行の仕方はいわゆる貧乏旅行と言われているものに非常に近い。しかし、節約しなければ旅行できないほど金がないわけではない。高級ホテルに泊まったりしていては目的が達成できないからだ。そしてバックパッカーと言われる旅行者とも心情的に一線を画している。すべてのバックパッカーがそうだというわけではないだろうが、より僻地に行き、とんでもなく安い宿に泊まり、旅行費用をおさえることがすごいことだという考え方があるようだ。なんだかそれ自身が目的になっているようにさえ思えることがある。自分がどんなに安い宿に泊まったかを他の旅行者に自慢している人に出くわすことがよくある。それがどうしたというのだ。そんなことがえらいのか。危険なめに遭ったらなんの意味もないではないか。バックパッカー街をマニュアル通りの格好をして、目がどこか遠くを見ている人と出会うことが多い。こんな人たちと一緒にされたくはないと切に願う。


日本人と群れな

せっかく一人旅をしているのだから旅行中は日本人とできるだけ出くわさないようにしている。偶然見かけてもできるだけ無視をしている。これはその人の旅行のスタイルなのでそれがどうこうというわけではない。ときどきは情報交換のためにカフェなどで話をすることはあるけどね。安宿街に日本人の溜まり場的な宿ができてくるそうだ。ヌシと呼ばれるちょっと異常な旅行者が仕切っていたりしているらしい。おおやだやだ!そんなところは絶対にごめんだ。


命を守るのは自己責任 安全の確保は最低限の義務

アジアや途上国は戦争や紛争地域であることが少なくない。そういう地域へ好んで行きたがる人もいるが困ったものです。個人の勝手と言えばそれまでなんですが、たとえ勝手に危険地域に行って死んだとしても大使館やその他大勢の人に迷惑をかけることになる。安全が保証できないかぎり行かないという判断が必要なのではないか。危ないところは行くべきでない。


予定は未定

ひとり旅がなぜいいかということに自由さがあると言った。前もって完璧な予定を立てなくても自分の行きたいところに行きたいように行けるというのがいい。例えば事前情報でいいところだというので長い滞在を組んでいてそれほどでもなかった場合や逆の場合、ツアーや複数人の旅だとなかなか予定変更というわけにはいかない。一人旅はホントにいい。


欧米人旅行者の不思議

日本人は今やどこの国に行っても見かけるが、そもそもこういう海外個人旅行は欧米人が始めたものだ。欧米の旅行者を見ているといくつか気づくことがある。まず、黒人をほとんどみかけないこと、それと欧米人は自分のいつもの生活を旅行先でもくずさないということ。現地の料理を食べたがらず、西洋料理を食べたがる。だから欧米人が集まる町には西洋料理を食べさせる店が必ずある。そしてそういう店はツアーの主催や旅行者の情報交換の場にもなっている。あまり現地の人に溶けこんで行こうという気があまり感じられない。そのあたり日本人旅行者のある意味節操のなさと比べるとずいぶん違うなあという感じです。


サラリーマンの悲哀

学生のころ、時間はありあまるほどあったがお金がなっかた。社会人となった現在お金はなんとかなるが休みをとることはたいへん難しい。なんというジレンマだ。無理して長期休暇をとると帰ってから机がないということもあるかもしれない。実際旅先で会った人の中には仕事を止めて旅をしているという人も少なくなかった。帰国後どうしていくのかわからないがたいした覚悟だなと思う。正々堂々と休みがとれるようにならないものか。


両替はこまかく、街で大額紙幣は使うな

空港やホテル、銀行で両替をするのだが、できるだけ小額紙幣をもらおう。大額紙幣はホテルなど信頼できるところで使って街のタクシーやバザールなどで使ってはならない。金持ちとみられてぼられるぞ。価格交渉は必ず事前にすること後悔するぞ。


その国の文化 宗教 風習を尊重する

文化の違う国に行くのだから日本といろいろと違って当たり前。自分でも気づかないうちに現地の人たちの怒りを買ってしまうおそれもある。特に宗教的なタブーは日本人が考える以上に大きな問題なので十分注意しなければならない。出発前にこれくらいは勉強していくこと。


お土産は帰国直前に買う

お土産を買うのは帰国直前がいい。なぜかというと、着いたばかりではそこの相場がわからないから観光地の土産物屋でぼられてもわからない。それに荷物を抱えて移動するのはたいへん。他人用のおみやげは最後の立ち寄り地で買えば十分。自分用にはできるだけ軽いものを選ぶこと。


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