今回の旅のテーマは『脱観光』

海外旅行を重ねるうちに観光名所を廻るだけの旅行は卒業していた。移動から滞在へ、観光から交流へと旅のスタイル、目的が変わっていった。さらにどんな国でも田舎の人の素朴さに魅力を感じるようになった。だったら最初から観光地でない、田舎に行けばいいんじゃないか。そんなときに『なにもない、けれどすごくいい』というラオスが浮上した。そしてラオスの『観光』にははずせない都市『ルアンパバーン』をあえて外して『なにもない』ところを満喫しよう。そう、テーマは『脱観光』


バンコク経由で寝台列車の旅情

日本からラオスには直行便はない。バンコクから経由するのが一般的だ。だけど今まで通り飛行機でその国に乗りこむのってなんだかつまんない。陸路国境越えをしよう、調べたらバンコクから国境の街ノーンカーイまで夜行列車があるという。バンコク着の時間も早いし、その日のうちに移動できる。

そしてバンコク中央駅(ファランポーン駅)を20:30に出る列車に乗った。この時期の列車は混むかもしれないということだったが、日本人は他にいる気配もなかった。地元の人と欧米人の家族連れが多いようだった。バンコクはものすごく蒸し暑かったので冷房が心地よい、なんて思ってたらいざ寝るころになると寒くてしょうがない、長袖を持って来てよかった。Tシャツだけだったら寝られなかったぞ。でも結局夜はあまり寝られなかった。興奮してるんだろうか。夜明け前に目がさめてしまった。長時間移動で疲れているはずなのに頭はギンギンだ。やっとノーンカーイに着いた。


ビザは自分で取るっちゅうねん

ノーンカーイ駅に着いたらトゥクトゥクの運転手がたくさん客に群がってきた。皆ラオスに行く客が目当てのようだ。その中の1人に頼んで国境まで行くことに、ところがビザがどうとかしつこく言ってくる。どうやらラオスビザの代行業者とつるんでいるらしい。ビザはラオスに入ってからオンアライバルビザを取るからいいって言ってるのに頼みもしないのにビザ屋の前に止まりやがった。いいかげんこっちもキレてきていいからイミグレに行けって言ってやっと国境に着いた。
もう、最初からビザ持ってるって言えばよかったなあと反省。ともかく陸路国境越えだ!
 国境越えなんて言うけど別になんてことなくたんたんと進む。タイの出国を済ませてシャトルバスに乗る。途中メコンを渡るのだがか流のベトナムのメコンを知ってる者にとってはせま〜い!って感じ。ラオス側に着いてからも、ビザは簡単だし入国審査も簡単、あっと言うまにラオスの人となったのであった。


ヴィエンチャン到着方角がわからん!

ラオス国境からトゥクトゥクに乗ってヴィエンチャンへ。宿も決めていないのでとりあえずタラートサオ前に行ってもらった。ここからならどこへ行くにも近いだろうと思ったからだった。ラオスはガイドブックがないので『地球の歩き方 東南アジアまとめて編』とインターネットで調べたものを持って来たのだけどヴィエンチャンの地図を持ってくるのを忘れちゃったんですよ。でもまあ、太陽が出ていれば方角はわかるだろうとふんでたら、太陽が真上にあるから方角が全然わからない。だから安宿街のほうに行こうと思ってもどっちに行っていいかわからなかった。2〜3時間うろうろ歩いてそれでもわからなかったので仕方なくトゥクトゥクに連れて行ってもらった。噴水(NAMPHU)の近くのゲストハウスに宿をとりホット一息。


ラオスでは馴染み深い日本

日本ではラオスって言ってもどこにあるのかほとんど知られていないと思う。実際今回ラオス旅行に行くと言っても皆わからなかった。そんなもんだと思う。ところが、ラオスに行ってみると街中でJAPANの文字を見ない日がない。例えば、バスの車体にはJAPAN ODAの文字が書いてある。また農業施設にも日本の援助でできたものだという表示がされている。日本のODA(政府開発援助)はアジア諸国にたくさん注がれている。その財源はわれわれの税金なのだ。だから、ぼくら納税者も使われ方にもっと関心を持つべきだと思う。


ラオギャル サンドイッチ屋の娘

タラートサオ(モーニングマーケット)の対面にバスターミナルがあるんだけど、そこのまわりに露店がたくさん出ている。一番多いのがカウチーパテというフランスパンのサンドイッチ(ベトナムのバインミーにそっくり)それから麺料理などの店が並んでいる。初日に宿を探している最中に昼になって腹がへったのでそこで麺を食べた。すると隣のサンドイッチ屋の娘がこちらをチラチラ見ているではないか。よく見るとけっこうかわいい娘で、これは黙っているわけにはいかんと思ってカウチーを買いながら話しかけたら英語は全くわからないみたいだ。カメラを構えたら『いや〜ん』てな感じで恥ずかしがっている。くぅ〜!かわいいじゃないか!それからは毎日用もないのに前を通ってはアイコンタクトをして、夕方にはカウチーを買って帰るというのが日課になった。これはぜったいぼくに気があるなと確信して、なんとかせねばなるまいと思っていたんだけど、ある日突然バスターミナルの周りの店がなくなってしまって当然あのコもいない。結局それっきりになっちゃって残念で残念でたまらない。もっと写真撮っときゃよかったなと後悔しきり。もしヴィエンチャンに行く人があったら探してみてね。


ラオス料理はこんな感じ

ラオス料理って普通聞いたことないでしょ?で、実際食べてみた感想は、ベトナム料理をタイ風に味付けするっていう感じ。カウチーパテなんかバインミーそのまんまって感じがあるけれど、フォーに似た麺料理があってぼくはほとんど毎日食べたんだけど、生野菜と香草を入れて混ぜ込むのはベトナム風だけど、それにナンプラーや唐辛子それに砂糖を入れて味付けするのはタイ風ですね。あと、ピンカイっていう鶏の炭火焼があるけど、この鶏がまたすごい!ほとんど野生のまんまそこらじゅうを歩いてまわって虫やら野菜くずやら自力で食べていたような健康そのものの鶏を炭火で焼いたんだから美味くないわけがない。豚肉だってそう。ほんと美味かったなあ


メコンの夕日

ヴィエンチャンの西側にメコンが流れていて土手沿いに海の家のような店がずらっと並んでいる。で、夕方ともなるとメコンの夕日を見るために観光客がわんさとやってくる。欧米人がほとんどじゃないかな。メコンというと大河ってイメージがあるでしょ?ぼくもベトナムのカントーで大河メコンをクルーズした経験があるからヴィエンチャンのメコンは乾季で干上がっているとはいえ、せまいなあっていうのが感想。すぐ向い側はタイの領土で夕日はタイ側に沈んでゆく。


歩こう!とにかく歩こう!
歩いてこそ見えるものもある

ぼくは海外に行くととにかく歩く。市内の移動にはトゥクトゥクを使うのが一般的なんだけど、料金交渉するのが面倒なのと、もうひとつ大事な理由がある。それは、車などに乗って移動すると途中は通りすぎるだけになってしまう。しかし、そこにも人々の生活はある。人間の速さで移動していればそこで見落としてしまいそうなものを見つけられるかも知れない、思いもかけない出会いがあるかもしれない。というより必ずある、今までがそうだったんだ。だからぼくは歩く。今回もヴィエンチャンの観光名所タアートルアンは街外れにあって、歩くとけっこう遠いんだけど、途中の中学校よお寺さん、小学校でささやかな出会いがあった。こういうことがあるんだ。


ここまで来たか インターネット

以前シルクロードのカシュガルに行ったときに、インターネットカフェがあって驚きました。でもあのときは日本語対応してなくて、日本にメールを送るのも英語でしかできませんでした。ところが、今回アジア最後のフロンティアなんて言われているラオスに行って首都のヴィエンチャンはもちろん、田舎町のワンヴィエンにも日本語対応のインターネットの店があってびっくりしました。おかげで旅行中もホームページにアクセスできたんだからすごい世の中だよね。職場にも毎日連絡できたし。ところでヴィエンチャンは仮にも首都だし前もって情報があったからそんなに驚かなかったんだけど、ワンヴィエンはあるわけないと思っていたからインターネットの店があっても絶対日本語対応じゃないと思いこんで尋ねもしなかった。でも滞在最終日にもしやと思って店長に聞いたらなんと日本語対応しているっていうじゃない!ここのグループ店がヴィエンチャンにもあるんだけど日本語対応してないんですよ。なおさらびっくり。で、店長に日本人たくさん来てる?って聞いたらあんまり多くないって言う。それは知らないんじゃないかってことで、日本語対応してますって看板出しなよって勧めたら、そいつぁいいや!あんた書いてくれって言われて紙とマジックを持ってきた。それで、『日本語入力できます すなふきん』と書いてやった。ワンヴィエンに行く人がいたらこの看板があるかどうか見てきてね。


下痢と筋肉痛でダウン!

旅行4日目、ラオスに入って3日目に疲労がたまってついにものすごい筋肉痛と下痢になってしまった。まあ、海外旅行の通過儀礼みたいなもんだからついに来たかって感じなんだけどつらいよね。筋肉痛で動けないんだけど下痢だからトイレに通わなきゃいけない。そのうち筋肉じゃないところまで痛くなるしもうたいへんだった。でも、もう慣れっこになっているので対処の仕方はわかってる。こういうときはまず、外出はしない、そして下痢は止めない、食事はしない、これは何故かと言うと、下痢ってのは急激な排泄、つまり身体の不要な雑菌をすごい勢いで外に出してるってことなんです。だから、薬で下痢を止めると悪いものを身体に溜め込むことになるのでかえってよくないんです。で、食事は雑菌の栄養分にもなるので食べたらだめ。だから下からは出るだけ出す。だけどそのままだと脱水症状とミネラル不足になるので水分とミネラル分を上からどんどん補給する。スポーツドリンクか、経口補水塩(ORS)を飲むといい。なければお茶に塩を入れて飲んでもいい。そして乳酸菌薬(ビオヘルミンとかワカモトのようなもの)をたくさん飲む。そうすると腸内細菌のバランスが良くなって下痢は治まってくる。こうなったら下痢止めを飲んでもいい。そしてやっと消化によい食べ物を食べ始める(日本だったらおかゆ、東南アジアだったらバナナ)なにより一番大事なことは獣のように眠ること。これに尽きる。身体の抵抗力を蘇らせるというのがあとあとのためにもいいと信じている。今回もこのやり方で1日ですっかりよくなったよ。


薬草サウナでホッとひといき 悶絶強力マッサージ

ヴィエンチャンの名物に薬草サウナっていうのがあります。情報では市内から外れたところにあるらしいんだけど、ぼくはメコン側沿いのところに同じようなものを見つけた。電灯もない暗い部屋に入って、下から薬草を釜で煮て出る蒸気で蒸す仕組み。その薬湯も無料で飲ましてくれる。気持ち良かったあ!ずいぶん歩いたからくたくたになってたんだけどすっきりした。サウナだけだとすごく安いんだけど、ついでだからマッサージも頼んだ。有名なところのは学生のアルバイトのマッサージだからたいして効かないということだったけど、やっぱり違うのかどう見ても学生には見えないごっついおっちゃんがしてくれた。その強烈なこと!もう痛いのなんの!それにぼくの身体が堅いと言ってむちゃくちゃなことするし、とどめに吸い玉をやられた。知ってる?ガラスのおわんみたいなものをあぶって身体に押し付けるとキューっと吸い付くやつ。これ身体にあとがのこるんだよね。1週間くらい。誰に見せるわけでもないけれど恥ずかしかった。


田舎へ行こう

ヴィエンチャンに3日滞在したが、なんとも欲求不満になってきた。中途半端なんだ。猥雑でもなく、何もないっていうわけでもない。これはいかん、やっぱり田舎町に行こう、そう思ってワンヴィエンに行くことにした。なぜワンヴィエンかというとたいした理由はない。飛行機を使わずに移動できてヴィエンチャンから近くて、便が多いところという選択肢にかかったのがワンヴィエンなのだ。だからラオスの桂林と言われているとか、川くだりができるとか、洞窟があるとかということで決めたのではないのだ。


ワンヴィエンへ移動 こうでなくっちゃ!

ヴィエンチャンからバスでワンビエンへ向った。国道13号線を北へ。市街地を抜けるととたんに街は淋しくなり、道のところどころに集落が点在するようになった。その風景がヴィエンチャンを出たことが間違いでないことを証明した。これこれ、これなんだよ、見たかったのは。高床式の家々、遊ぶ子供たち、のし歩く動物たち。早く着いて歩きたいなあ。そして出発から約4時間、突如道を外れて集落のようなところへ着いた。なんだ?ここは?えらい英語の看板があるなあ、と思っていたらそのうち停留所のようなところへ着いた。なんと!ここがワンビエンだったのだ。


本当になんにもないよ

情報ではバスステーションって書いてあったが、これただの停留所じゃん。と言いつつバスを降りた。しかし、地方都市と思っていたけどここはただの村、いや集落だねえ。ここが風光明媚として有名な町なのか。恐るべし、ラオス。しかし、これを求めていたんだよ。わくわくしながら宿を探す。ガイドであたりをつけていたゲストハウスを見つけてチェックイン。なんだか欧米人が多いいねえ。さあ、とりあえず街ぶら。と思ったらこの街は基本的に広い道が二本、それだけ。う〜ん恐るべしラオス。


欧米旅行者を誉めてみよう

ラオスは欧米人旅行者がやたら多い。ヴィエンチャンもそうだったけどワンビエンはもっとすごい。この小さい町に欧米人旅行者がうじゃうじゃいる。もともとインドシナの旅行は欧米人がパイオニアだし、旧宗主国が旧植民地を旅するのもよくあること。ぼくはもともと欧米人の旅行のスタイルをあまり好きでなかった。まず、その国でも自分の生活のスタイルを崩そうとしないこと、アジアでも朝食にベーコンエッグやオムレツを食べたがる。欧米人だけで群れたがる。そういうところがあまり好きじゃなっかた。だけど今回は間近にたくさんの欧米人を見たので少し見方が変わった。日本人旅行者と比べるとマシなところもある。日本人旅行者は街で会ってもたいてい無視してくる。まあぼくも似たようなもんだけど、近づかないようにしているのと会っても無視するのは違うだろうと思うのですよ。今回出会ったフランス人夫妻やゲストハウスでいつも何か食ってたあんちゃん。サイクリングですれ違った人たち。この人たちは目が合うと笑顔で『ハロー』と声をかけて来てくれるし、軽い会話をしてくれる。こういうところはやっぱりすごいと思う。


忘れてた!停電なんてもの
〜レストランでロウソクの炎を眺めながら〜

ワンビエンでは毎日停電をした。停電なんてしばらく経験がなかったからすごく新鮮だった。電灯が消えた瞬間町中で悲鳴のような声が聞こえる。そして、復旧するまでにどのくらいの時間がかかったろうか。たいていはそのうちに復旧するのだが、その瞬間こんどは街中で歓声があがる。ワンビエン最後の夜に長い停電があった。復旧が待ちきれなくて街へ出るとレストランは慣れたもので、ロウソクの光で営業をしていた。その一軒の入り、テーブルのロウソクの光を眺めていると不思議な気分になる。遺伝子に残された太古の思い出が蘇るのか、心の奥のほうがなんだか切なくなる。そんな気持ちも電灯が点いた瞬間にどこかに消えてしまう。


郊外へ行こう!自転車で行こう!

ワンビエンの街をウロウロするのにも飽きてきた。レンタサイクルがあるので郊外へサイクリングに行くことにした。シルクロードのカシュガルを旅したときに楽しい経験をしたので今回も行く前から期待していた。そうしてその期待はそのとうりになったのだった。


いいなあ!郊外は!

自転車でワンビエンを出て国道13号線を北へ向った。目的地はない。漠然と洞窟があるとか、少数民族の村があるという情報はある。まあそのときの気分で決めよう。朝9時に宿を出発、3時間行って、3時間戻ろう、計画はこれだけ、いざ出発。間もなく来るときにバスの車窓から見た郊外の風景が見えてきた。高床式の家々、遊ぶ子供たち、のし歩く動物たち、このあたりの人たちは普段外国人を間近に見ないのでジロジロと見られる。子供たちは無邪気な好奇心がいっぱいで『サバイディー(こんにちは)』と声をかけてくれる。いい!すごくいい!


ラオスには子供がうじゃうじゃいるぞ

集落をいくつか過ぎるとあることに気づいた。道沿いに学校があるのだけど、集落の規模に比べて学校の数が多すぎるんじゃないか?それぞれの学校もそこそこ生徒がいるのに、やたら学校がある。それに家にはまだ学校に行ってないようなもっと小さな子供がたくさんいる。これ、一軒あたりの子供の数がすごいんじゃないか?ひょっとして6〜7人くらいはいるんじゃないか、そういう計算じゃないと説明がつかない。


ラオスには動物もうじゃうじゃいるぞ

ラオスに入ってまあ驚いたのが鶏や動物がうじゃうじゃいいることだ。首都ヴィエンチャンでも街中に鶏が勝手に歩いている。田舎に行けば水牛や牛や豚や鶏が繋がれもせずに自由に歩いている。サイクリング中も川で水浴びしている水牛や道路を歩く牛の群れに出くわした。これらは飼われているんだろうか。牛や水牛は労働力として飼われているんだろうけどここまで自由に任せてていいところがすごいなあと思う。


ふたつの小学校に寄ってみた

 往路で道路沿いの学校を通り過ぎたときにちょうど休憩時間で子供たちが校庭で走りまわっていた。ぼくが立ち止まってカメラを構えていると子供たちが寄ってきた。せっかくだから校庭の中に入れてもらって写真を撮らせてもらった。教科書を持っていた子がいたので即席のラオ語講座をしてもらった。もう全部忘れたけどね。
 もう一箇所、昼過ぎに別の学校の前を通りがかった。もう学校は終わっているみたいで、校庭の隅の水道で男の子たちが水浴びをしていた。そのとき、ぼくは暑くて暑くてたまらなかったのでタオルを濡らすために水道を貸してもらった。そしてせっかくなのでそこでも記念写真を撮った。本当にみんな陽気でひとなつっこい子供たちだった。
 帰り道に午前中寄った学校の前を通りがかったら、授業中みたいで校庭には誰もいなかった。ところが、よく見てみると教室のところからこっちに向っておいでおいでをしているではないか!ぼくのことか?そうだこっちおいでみたいなゼスチャーだったのでいいのかなと思いつつ校庭を横切って校舎まで行った。


すなふきん教壇に立つ!

 校舎に着くとひとつの教室の子供たちが出迎えてくれた。先生はいない。教室と言ってもひとつの部屋を真中で間仕切りをして二つの部屋にしたものだ。もうひとつの部屋には先生がいるじゃないか。先生の数が足りないのかな。教室は電灯もなく暗い、机も木製の古いものだしなにより黒板が古い。ひとつの教室の生徒は10人ちょっとくらい。子供たちはぼくに教壇側へ立てとうながしている、黒板の前に立ってみたけどけっこう緊張する。英語も通じないから何をどうはなしていいのかわからない。そこでアジアの地図を黒板に書いて日本から来たことやラオス周辺の東南アジア諸国の国名をみんなに言わせたり、ぼくの自己紹介や子供たちの名前を聞いたり、まあその程度しかできなかったなあ。そして記念写真を撮ってお別れをしたが、いつまでもいつまでも手を振っていてくれた。本当にいい思いでです。


少数民族の村を断念した理由

ワンビエンからの観光に少数民族のモン族やヤエ族の村を訪ねるというのがあるそうな。実際ぼくも旅行前から少数民族に合いたいって思っていた。この日のサイクリングも、出発のときは一番近い少数民族の村に行ってみようと思っていた。ところが今回の旅ではついに行かなかった。どういう心境の変化か、自転車を漕ぎながら少数民族を見に行くとはどう言うことかと考えてしまったのだ。今までの自分の考えでは動物園に珍しい動物を見に行くのと変わらないんじゃないかという思いが出てきて答えが出ずに断念したのだ。これについてはどういうふうに考えるべきなのか。


帰国だというのにお土産がない

いよいよ帰国だという日。この日は移動の日だ。朝ワンビエンを発ってヴィエンチャンへそこから飛行機を乗り継いでバンコク経由で深夜の便で日本へ帰って来る。ところがまだお土産を買っていなかった。人へのお土産がないのはいつものことだけど、今回は自分のお土産もなにもない。市場へ行っても持って帰るものが見当たらない。どうしたものか、これがラオスなのか。しかたがないのでバンコクの乗り継ぎに街まで出て買うことにした。


ラオス航空のおねえちゃんにラオ人に間違われた

楽しかったラオス旅行も終わり、ヴィエンチャンのワッタイ空港に行った。なんとまあ新しくて立派な建物なんだ。ちょっとラオスには意外なくらい。冷房も効いてるし。チェックインカウンターでラオス航空のお姉ちゃんがぼくにラオ語で話しかけている。パスポートを出すと突然あれえ!って感じで笑い出した。どうやらぼくをラオ人だと思っていたらしい。確かにサイクリングで真っ黒に日焼けはしていたが、ラオ人が皆色黒じゃないし、ぼくもモンゴル系の顔をしていると思うんだけど間違うか?まあ、それだけ馴染んだんだということで納得。

***********************************************************************おまけのタイ その他 ************************************************************************

乗り継ぎ7時間バンコクへ行ってお土産を買おう

帰路、バンコク空港へ着いたのが夕方5時くらい、日本への出発が深夜1時だからまだだいぶ時間がある。本当はトランジットだから入国する必要ないんだけど、お土産を買わなきゃいけないし、ひまなので入国してバンコク市街へ行くことにした。往路でもバンコクの駅の周りで飯くったりしたけどもう少し見てみたい。調べるとパッポンというところが一番の繁華街だそうなのでそこへ行ってスーパーマーケットに入って食料品をお土産に買った。街のお土産物や屋で買うとぼられるこよが多いのでぼくは現地の人が買うところで買うことにしている。タイカレーのペーストや調味料などを買い揃えた。これで安心。


ラオスからバンコクへ来たらカルチャーショックだよ

ラオスのワンビエンで田舎町の風景を楽しんでいたものだからヴィエンチャンへ帰ってきたら『わあ、町へ帰ってきたなあ』と思った。ところが、バンコクの市街地へ出てみて驚いた。すごい大都市じゃないか、高速道路はあるし、立体交差はあるし、ネオンピカピカだし、、車びゅんびゅん走ってるし、ここだけ見ると日本のそこそこ大きな都市と変わらないじゃないか。いやあ、驚いた。


飛行機の機内食について考えた

飛行機の機内食について前々から考えていることがあるのでここに書かしてもらいます。
 機内食って絶対いるものなの?移動時間が短い場合はもういらないんじゃないか?機内で飯食いたければ、駅弁みたいに持ちこみにするか、有料で機内食を出したらいいと思うんだけど。そのぶん運賃を安くしてくれないかなあと思う。もともとスチュワーデスって安全を確保するための要員のはずなんだけど平常時はただのウェートレスみたいなもんでしょ。空飛ぶウェートレス。実際仕事を見ていても、おしぼりや飲み物や機内食の準備や後片付けに終始している。万一の安全確保にどうしても必要な人数だけ確保して機内食などはなしでもいいんじゃないか。そう思います。だいたい機内食ってあの狭いところでおままごとみたいな食器で食べにくいったらありゃしない。それに今回はなかったけれど、深夜発の便に乗ったときに眠たくてしょうがないのに夜中の2時くらいに起こされて食べさされたのには閉口した。今回は朝食として朝7時くらいに出たからまだましだったけどね。でも本当に機内食なしで運賃安くならないものかなあ。どうなんでしょ。


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